研究業績

当科の研究業績

慶大小児科の教室員が筆頭著者として執筆した論文のうち、被引用数を参考として、代表的なものを掲載しています。(被引用数は2024年4月時点のものです)

2019

Induction of human regulatory innate lymphoid cells from group 2 innate lymphoid cells by retinoic acid.

被引用数:152

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30682454/

筆頭著者からのコメント(森田 英明)

2013年に新しく定義された免疫細胞である自然リンパ球は、自然免疫系のリンパ球ですが、ヘルパーT細胞と同様に、発現する転写因子や産生するサイトカインの種類によって、複数のサブセットがあることが明らかにされていました。一方で、制御性T細胞のように炎症制御を担うサブセットの存在は明らかにされていませんでした。本研究では、アレルギー炎症を惹起する2型自然リンパ球(ILC2)が、特定の条件下に置かれると炎症制御機能を持つILCに自身が変化することを明らかにしました。

2018

Association of severity of coronary artery aneurysms in patients with Kawasaki disease and risk of later coronary events.

M Miura et al. JAMA pediatrics 172 (5), e180030-e180030.

被引用数:97

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/29507955/

筆頭著者からのコメント(三浦 大)

川崎病にともなう冠動脈瘤の中長期予後に関する後ろ向きコホート研究(ZSP 2nd)で, 全国44施設から1,006名のデータを集めました.慶應大学病院では前田 潤 先生(70回生),都立小児総合医療センターでは福島 直哉 先生(83回生)にご協力いただきました. 本研究の契機は,日本人小児の冠動脈径の正常値を確立した小林 徹 先生の発案で,冠動脈イベントを起こすZスコアのカットオフ値を求めることが当初の目的でした.しかし,研究の途中で,アメリカ心臓協会(AHA)からZスコアを5と10で区切る冠動脈瘤の新分類が発表されました. そこで,生物統計家の金子 徹治 先生にもご相談し,AHAのガイドラインの妥当性を追試する方針に改め,統計解析も一任しました.小瘤,中等瘤,巨大瘤の順に冠動脈イベントが増えることは予想通りでしたが,男性と免疫グロブリン不応例もリスク因子となったことは新しい発見でした. この研究体制を基盤に,現在,川崎病性冠動脈瘤のレジストリ研究(KIDCAR)を立ち上げ,小山 裕太郎 先生(88回生)を事務局として継続しています. この論文を書いたのは57歳ですが,データ処理も統計解析も執筆法も新しい学びが沢山ありました.拙著の中で,最もインパクトファクターの高い雑誌に,臨床に有用な論文を載せられたことは大きな喜びです.

2017

CHARGE syndrome modeling using patient-iPSCs reveals defective migration of neural crest cells harboring CHD7 mutations.

H Okuno et al. Elife 6, e21114.

被引用数:59

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/29179815/

筆頭著者からのコメント(奥野 博庸)

CHARGE症候群は、網膜の部分欠損、心奇形、後鼻孔閉鎖、成長・発達遅滞、外陰部低形成、耳奇形・難聴を主症状とする症候群で、クロマチンリモデリング因子(クロマチン構造の変化を介して遺伝子の発現レベルを調節する因子)の1つであるchromodomain helicase DNA binding protein-7(CHD7)の機能不全で発症する症候群です。症状より神経堤細胞、特に頭部神経堤細胞、の発生過程における異常が原因となると推測されていましたが、その病態は明らかになっていません。   神経堤細胞は、胎児の発生過程において、内胚葉、中胚葉、外胚葉につづく、第4の胚葉とも呼ばれ、身体の発生に初期より関わっていることが知られています。神経堤細胞の重要な働きの1つとして、胎生初期に神経管背側より発生して、様々なシグナルを受け取りながら各所に遊走し、その場に必要な細胞に分化することが知られています。しかし、胎児期に存在する細胞であり、ヒト神経堤細胞の詳細な特徴は未解明なところが多くあります。   私たちは、患者さんの皮膚線維芽細胞よりiPS細胞(induced pluripotent stem cells)を介して頭部神経堤細胞を作ることに成功しました。この神経堤細胞が遊走する様子を、タイムラプス顕微鏡で観察し、さまざまな角度から遊走を観察し、患者の神経堤細胞で遊走障害があることを見出しました。一言で遊走といっても、多様な側面があります。私たちは、患者由来神経堤細胞を用いた実験において、 1)お互いに引っ付いて存在していた細胞が、バラバラになることが上手くできないこと(上皮間葉転換の障害) 2)細胞自体がシグナル(chemo-attractant)に引き寄せられる方向へ動く(遊走)速度が遅いこと 3)シグナルと関係なく運動する速度が遅いこと を見出しました。これらの細胞を、鶏胚の後脳背側に移植したところ、患者群で有意に腹側へ遊走できないことが分かりました。また遺伝子発現解析により、遊走と関係するいくつかのシグナルで異常を呈していることを認め、そのシグナルがCHD7クロマチン上で結合する領域の制御下にあることもわかりました。   これまで、どのようなメカニズムでCHARGE症候群患者の症状がみられたかが分かっていませんでしたが、患者iPS細胞を用いて神経堤細胞を作ることを通して、CHD7の機能不全と病態との関連の一端をみることができました。

2016

SAMD9 mutations cause a novel multisystem disorder, MIRAGE syndrome, and are associated with loss of chromosome 7.

S Narumi et al. Nature genetics 48 (7), 792-797.

被引用数:321

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/27182967/

筆頭著者からのコメント(鳴海 覚志)

代謝内分泌班の長年の研究の成果が結実した論文です。代謝内分泌班では黎明期より尿ステロイド分析などを基軸として全国から副腎不全のサンプルを収集していました。この中で、未解決だった症例に対し、天野直子先生、鳴海を中心としたチームでエクソーム解析を行い、約半数の患者がSAMD9にde novoミスセンス変異を持つことを突き止めました。その後世界各国で患者が遺伝子診断を受けられるようになり、臨床現場で役立てられています。

iPSC-derived cardiomyocytes reveal abnormal TGF-β signalling in left ventricular non-compaction cardiomyopathy.

K Kodo et al. Nat Cell Biol. 2016;18(10):1031-1042.

被引用数:187

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/27642787/

筆頭著者からのコメント(古道 一樹)

2015

An interleukin-33-mast cell-interleukin-2 axis suppresses papain-induced allergic inflammation by promoting regulatory T cell numbers.

H Morita et al. Immunity 43 (1), 175-186.

被引用数:290

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/26200013/

筆頭著者からのコメント(森田 英明)

マスト細胞は古くからIgE抗体を介して活性化されることにより、アレルギー炎症を誘導することが知られています。一方で、本研究では、アレルギーにおいて悪者と考えられていたこのマスト細胞が、IL-33により活性化されると制御性T細胞の増幅を誘導し、アレルギー性炎症を抑制することを明らかにしました。本研究で明らかにしたマスト細胞の二面性や、in vivo, in vitro での制御性T細胞の増幅メカニズムは大きな注目を集め、Immunity誌のカバーで取り上げられました。

2014

Involvement of ER stress in dysmyelination of Pelizaeus-Merzbacher Disease with PLP1 missense mutations shown by iPSC-derived oligodendrocytes.

Y Numasawa-Kuroiwa et al. Stem cell reports 2 (5), 648-661.

被引用数:113

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/24936452/

筆頭著者からのコメント(沼澤 佑子)

先天性髄鞘形成不全症(ペリツェウス-メルツバッハー病):iPS細胞技術を利用した病態解析 2006年、山中伸弥博士が『成熟した細胞に特定の遺伝子を導入し、体のほとんどの種類の細胞に分化できる多能性を有する幹細胞に再プログラムすることに成功』し、『iPS細胞(誘導多能性幹細胞)』と名付けられました。理論上、患者の細胞を用いてiPS細胞を作り出せば、その患者特有の遺伝的背景を持つ細胞や組織を再現することができ、病態解明のためのモデル細胞作製・新薬の開発や毒性試験・再生医療などへ応用できる可能性を秘めています。医学・生物学の分野で非常に画期的なものであり2012年にノーベル生理学・医学賞を受賞しました。 小児科医が出会う生まれつきの脳神経疾患の病態を調べる際、患者自身の脳の病変を採取して病態解析をすることは難しく、iPS細胞技術はこの問題を克服するツールとして注目されています。 私たちは、ペリツェウス-メルツバッハー病(PMD)という、乳児期に眼振・筋緊張低下・発達遅滞で発症し、重度の麻痺や精神遅滞を呈する先天性髄鞘形成不全症の患者の皮膚の細胞からiPS細胞を作りだし、疾患感受性細胞であるオリゴデンドロサイト(OLs)へ分化誘導させ、病態解析を行いました。 特に時間を要した点はOLsへの分化誘導です。OLsは神経細胞の中でも分化時期が遅く、分化プロセスが非常に複雑であり、従来からの神経分化誘導法ではOLs分化が難しく、神経分化誘導法の改変を要しました。試行錯誤の結果、試験管内で髄鞘様の構造をした成熟OLsを分化誘導に成功し、分化したOLsについて分子レベル・形態レベルでの評価を行い、小胞体ストレスという細胞の生存を維持するための重要な防御メカニズムの異常がPMDの病態に関与している可能性を示しました

2013

Backdoor pathway for dihydrotestosterone biosynthesis: implications for normal and abnormal human sex development.

M Fukami et al. Developmental Dynamics 242 (4), 320-329.

被引用数:126

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/23073980/

筆頭著者からのコメント(深見 真紀)

2011

Distinct impact of imatinib on growth at prepubertal and pubertal ages of children with chronic myeloid leukemia.

H Shima et al. The Journal of pediatrics 159 (4), 676-681.

被引用数:142

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/21592517/

筆頭著者からのコメント(嶋 晴子)

慢性骨髄性白血病(CML)は小児では希少な疾患です。チロシンキナーゼ阻害剤(TKI)の導入によりCMLの治療成績は飛躍的に向上しました。一方で、小児CML患者のTKIの長期内服による「成長障害」が報告されるようなりました。本論文では、少数の症例報告しかなかった時期に本邦の小児CML患者48例において第一世代TKIであるイマチニブによる成長障害をまとめることができ、世界的にも着目されました。本論文の執筆を通して、身長やTanner stageなど、日常診療におけるデータの蓄積が、新規薬剤の未知なる副作用の解析に役立つことを実感しました。

2010

Transcription factor mutations and congenital hypothyroidism: systematic genetic screening of a population-based cohort of Japanese patients.

S Narumi et al. The Journal of Clinical Endocrinology & Metabolism 95 (4), 1981-1985.

被引用数:122

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/20157192/

筆頭著者からのコメント(鳴海 覚志)

先天性甲状腺機能低下症は甲状腺におけるホルモン合成が生まれつき障害されている疾患ですが、その原因のひとつとして、甲状腺の発生・分化・機能維持へ関与する既知の転写因子3つ(PAX8、NKX2-1、FOXE1)の変異をスクリーニングした遺伝疫学研究です。室谷浩二先生を中心に収集した神奈川県出生コホートで解析することで、PAX8異常症の一般人口における頻度を推定しました。この点が評価され、その後の多数の引用につながりました。

2009

GATA6 mutations cause human cardiac outflow tract defects by disrupting semaphorin-plexin signaling.

K Kodo et al. Proceedings of the National Academy of Sciences 106 (33), 13933-13938.

被引用数:272

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/19666519/

筆頭著者からのコメント(古道 一樹)

2008

Effective and safe immunizations with live-attenuated vaccines for children after living donor liver transplantation..

M Shinjoh et al. Vaccine 26 (52), 6859-6863.

被引用数:84

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/18930096/

筆頭著者からのコメント(新庄 正宜)

本施設は、小児外科が移植チームとともに小児肝移植を行っている施設であり、従来から小児科とも連携がしっかり行っています。その1つは、移植患者へのワクチン接種です。とくに、当科は、肝移植後患者に生ワクチンを接種している、全国でも数少ない部署です。本接種は、肝移植患者のご家族の希望が高いことを受けて、安全面や倫理面に配慮しながら2002年から実施しています。 麻疹や風疹については抗体陽転率は高く、水痘やおたふくかぜについてはやや劣るといった、一般集団と似た傾向を示しました。安全性にも大きな問題なく、2024年度春現在、70名以上の肝移植後患者に、340接種以上が行われています。 本稿以降、Shinjoh M, et al. Vaccine 2015 (PMID: 25510391)、Shinjoh M, Furuichi M, Ohnishi T, Mizuki Y et al. Am J Transplant 2024 (PMID: 39009348) で情報を更新しています。

2007

Age-dependent percentile for waist circumference for Japanese children based on the 1992–1994 cross-sectional national survey data.

M Inokuchi et al. European journal of pediatrics 166, 655-661.

被引用数:83

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/17089087/

筆頭著者からのコメント(井ノ口 美香子)

腹囲は、メタボリックシンドロームなど内臓脂肪型肥満の診断に有用であり、肥満の小児では必ず評価すべき身体計測値です。我々は、日本人の全国調査データをもとに2種類の腹囲(最狭腹囲および腸骨稜囲)と各腹囲身長比における性別年齢別基準値(標準成長曲線)を初めて作成しました。さらに日本人小児の腹囲がオランダや米国の小児より小さく、英国の小児と同等かそれ以上であることを報告し、同時に国際的な腹囲測定位置の標準化を提案しました。

2006

Phenotypic spectrum of CHARGE syndrome with CHD7 mutations.

M Aramaki et al. The Journal of pediatrics 148 (3), 410-414.

被引用数:194

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/16615981/

筆頭著者からのコメント(荒巻 道彦)

2005

Cytochrome P450 oxidoreductase gene mutations and Antley-Bixler syndrome with abnormal genitalia and/or impaired steroidogenesis: molecular and clinical studies in 10 patients.

M Fukami et al. The Journal of Clinical Endocrinology & Metabolism 90 (1), 414-426.

被引用数:167

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/15483095/

筆頭著者からのコメント(深見 真紀)

PORDに関する詳しい解析結果は、 Fukami et al. J Clin Endocrinol Metab. 94(5):1723–1731, 2009 に報告しました。そちらもご参照ください。

2004

ERK and p38 mediate high-glucose-induced hypertrophy and TGF-β expression in renal tubular cells.

H Fujita et al. American Journal of Physiology-Renal Physiology 286 (1), F120-F126.

被引用数:195

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/12952860/

筆頭著者からのコメント(藤田 尚代)

糖尿病性腎症は糸球体および尿細管の肥大が特徴とされています。糸球体肥大により糸球体硬化、尿細管肥大により尿細管間質線維化へと進展します。一方、サイトカインTGF-ßは糖尿病で発現が亢進し糸球体硬化、尿細管間質線維化を促進すると考えられています。 Mitogen-activated protein kinase(MAPK)は細胞内シグナル伝達の中核的な酵素です。そのうちのERKが糖尿病ラット糸球体および高糖環境下メサンギウム細胞で活性化していることを私達の研究室が報告していました。私は尿細管に着目し糖尿病ラット、高糖環境下での尿細管細胞肥大、TGF-ß発現におけるMAPK(ERK、p38)の役割について検討しました。糖尿病ラットの尿細管では活性化ERKとp38の発現が強く、p38の分布はTGF-ß発現と一致していました。近位尿細管LLC-PK1細胞を用いての実験では高糖環境によりERK、p38の活性化、TGF-ß発現、腎尿細管細胞肥大が起こり、肥大とTGF-ß発現はERK、p38に媒介されることが阻害剤を用いた実験により示されました。つまりERK とp38は糖尿病の尿細管で活性化され、肥大、TGF-ß発現に関与すると考えられます。 本論文が多く引用されている理由は研究者数が多い糖尿病がテーマだからかもしれません。また発表当時は糖尿病性腎症の主体は糸球体障害と考えられていましたが、その後尿細管における病態の重要性が明らかになり、本研究がそのメカニズムを解明する一助となっていると思われます。 4年間の臨床研修の後、実験器具の使い方のイロハから粟津緑先生に教えていただき行った実験結果です。免疫染色では特に大森さゆ先生にお世話になりました。この論文で学位をいただくことができました。

2003

Tbx1 is regulated by tissue-specific forkhead proteins through a common Sonic hedgehog-responsive enhancer.

H Yamagishi et al. Genes & development 17 (2), 269-281.

被引用数:316

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/12533514/

筆頭著者からのコメント(山岸 敬幸)

1) 22q11.2欠失症候群の発症に重要な役割を果たす遺伝子Tbx1の発現が、Forkhead型転写因子により調節されることを明らかにし、2) 大動脈離断症、総動脈幹症などの先天性心疾患が、Tbx1の発現量低下の程度と相関して発症すること、3) Tbx1が線維芽細胞増殖因子の発現を制御することにより、新たに発見された心臓幹細胞(二次心臓領域細胞)の増殖を促進し、心臓流出路の発生に機能すること、などにつなげた研究です。米国小児科学会からRichard D. Rowe Award in Perinatal Cardiologyを、慶應医学会から三四会奨励賞を受賞しました。その時の思いを綴った、三四会奨励賞の受賞記事(医学部新聞に掲載)を、Science 283 (5405), 1158-1161と本論文に対するコメントとさせていただきます。

「三四会奨励賞受賞にあたって」
先天性心疾患は、出生児の1%に認められる頻度の高い先天異常です。大学院在籍中、小佐野満教授、小児科心臓班の先生方から多くを教えていただき、先天性心疾患の診療を生涯の仕事にしようと決めました。先天性心疾患の成因解明は大きな研究テーマで、22q11症候群の研究がその端緒を開くと期待されました。小児循環器学の研鑽の傍ら分子遺伝学を勉強し、22q11症候群の臨床遺伝学研究を行いました。臨床に明け暮れる3年間の後に、松尾宣武教授、セントルイス大学野口明彦教授のご尽力により、米国留学の機会をいただきました。Deepak Srivastava博士の独立したばかりの小さな研究室でした。言語と文化の壁は厚く、はじめは孤独感も多かったのですが、小児循環器医として同じ志を持つ人柄のよいボスのもと、類は友を呼ぶがごとく次第によい人が集まり、研究室も発展しました。発生生物学を勉強し、22q11症候群の臨床分子遺伝学と、モデル動物を利用する発生工学との融合により、先天性心疾患の発症分子機構を解明するための新しいアプローチを試みることができました。幸運にも、研究成果を科学誌サイエンスに発表させていただく機会を得て注目されました。しかし、同じ分野で世界をリードする研究室から厳しい質問、批判を受けることもあり苦労しました。さらに研究を進め、米国の研究費を獲得し、チームを作って研究できる環境が整いました。責任とともにやりがいと面白さも増しました。帰国後、国際シンポジウムでの招待講演で、先の研究室からも高く評価していただきました。世界の頂点に一瞬触れたような、学生の頃に没頭したヨットのレースでトップを引いた時のような満足感と爽快感でした。と同時に「基礎研究成果を臨床に還元する機会をより一層増やしていかなければならない」と強く思いました。多くの利益をもたらす大きな研究はもちろん重要ですが、患者さん一人一人の不安を解消することにも自分の研究成果を生かしたいと考えます。私の臨床研究生活は、多くの人々との出会いと、自然・科学・人間に対する興味に支えられてきました。今回、独立後初めての仕事を三四会より評価していただき、誠に光栄な思いです。今後も同じ興味と志を持つスタッフと一緒に、勉強を続けていきたいと考えています。ご推薦いただきました高橋孝雄教授ならびに小児科のみなさまと、両親、家族に感謝の意を表します。

2002

The 22q11. 2 deletion syndrome.

H Yamagishi et al. The Keio journal of medicine 51 (2), 77-88.

被引用数:141

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/12125909/

筆頭著者からのコメント(山岸 敬幸)

日本での心臓班の診療漬けの毎日の中で興味を持ち、留学して研究テーマとした症候群について、自身の研究成果を交えて一時帰国の慶應医学会で講演させていただいた内容をまとめた総説です。日本とはまったく違う米国での研究生活を送っていた頃に、思いを綴った「印象的な表情」(慶大小児科同窓会報に収載)を以下、本総説に対するコメントさせていただきます。

「印象的な表情」
慶應義塾大学医学部小児科学教室開局80周年の年、私はアメリカで研究生活を送っています。まる3年間、診療から遠ざかってしまいましたが、今でも思い出される患者さんのひとりにK君がいます。彼は、先天性心疾患と気管支軟化症のため、3N乳児室に入院しました。彼が私にとって非常に印象深かったのは、彼の疾患が複雑だったことの他に、彼が独特の表情で(それは時に可愛らしく、時に冷静にも見え)、物言わず、懸命に持って生まれた試練に立ち向かっているように見えたからでしょう。後になって、彼は、約4000人に1人の割合で生まれる22q11.2欠失症候群で、彼の表情も一部、この症候群に特徴的なものだということがわかりました。ちょうどその頃、この染色体異常が、先天性心疾患ではダウン症候群に次いで2番目に高い頻度で認められることが明らかになり、それらをきっかけとして、私の心臓発生の研究に対する興味も深まっていきました。まるで進化の歴史を再現するかのように、複雑に形態を変化させる高等動物の心大血管発生の過程は、解剖学的には詳細に記述されていました。しかし、それを制御する細胞および分子機構についてはほとんど知られていませんでした。今、自分が関わっている、22q11.2欠失症候群の原因遺伝子の研究により、先天性心疾患発症の分子機構が解明されることが期待されています。ただ、それが源となった臨床の場に生かされるには、まだ少し時間がかかりそうです。私は小児科医として、基礎的研究を理解し、その臨床との接点を常に考え続けていかなければならないと感じます。昨年末、一時帰国したときに会ったK君は、表情豊かにお話しもできるようになり、野球ごっこをして遊んでくれる6歳の少年に成長していました。病気という試練に立ち向かう小さな命と、その家族の強さを改めて感じました。

2001

GATA3 abnormalities and the phenotypic spectrum of HDR syndrome.

K Muroya et al. Journal of medical genetics 38 (6), 374-380.

被引用数:176

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/11389161/

筆頭著者からのコメント(室谷 浩二)

HDR症候群は,副甲状腺機能低下症(hypoparathyroidism),感音性難聴(sensorineural deafness),腎異形成(renal dysplasia)を三主徴とする,常染色体顕性遺伝形式の稀な疾患です.1992年,Bilousらによって初めて独立した疾患単位と認められました.その後,1997年,長谷川奉延教授らが,上記三主徴と10p遠位部のモノソミーを有する患者を報告したことから,10p末端に責任遺伝子が想定されるようになりました. 私は,1999年頃,伊勢原協同病院小児科の内分泌外来(非常勤)において,10p遠位部モノソミーを有するHDR症候群の症例を経験しました.そして,本症候群責任遺伝子を特定するためのマッピングを計画し,全国から15例以上の患者を集積しました.残念ながら,その解析の途中で,Van Eschらが,GATA3遺伝子のハプロ不全が本症候群の原因であると報告しました.これを受けて,直ちに集積していた患者DNAを用いてGATA3遺伝子の変異解析を実施し,その結果を,JMG誌に報告できました. この論文完成において重要な点が3つあります.第一に,内分泌外来(非常勤)で経験した低カルシウム血症,難聴,奇形徴候を有する患者が,HDR症候群に違いないと考えて,染色体検査と腎泌尿器系の検索を行って診断確定したこと,第二に,本症候群と考えられる症例を医学中央雑誌や学会発表の抄録から見つけ出し,発表者に連絡して,全国から15例以上の患者を集積したこと,第三に,GATA3遺伝子が責任遺伝子と判明した直後に変異解析を実施し,多くのGATA3遺伝子変異を同定したことです.これらのどれか1つが欠けても,本論文は実現しませんでした. 本論文の発表後,さらに多くのHDR症候群患者を集積し,複数の論文を発表することができました.また,私が神奈川県立こども医療センターに赴任した直後の2005年には,本症候群の家系例を経験しました.軽度難聴と副甲状腺機能低下症を有する母親から出生したPotter sequenceの第1子(死産),および新生児早期に副甲状腺機能低下症,難聴,シスタチンC高値を呈した第2子が,本症候群であると確定しました. 以上のように,私は患者との縁に恵まれている,あるいは患者を引き寄せる力が強いと感じています.しかし,小児専門病院や大学病院でなくても,どの医師にも珍しい患者に遭遇する機会は必ず訪れます.特に若い医師には,そのよう場面で,「よくわからないから専門医に紹介しておしまい」ではなく,徹底した問診や診察を行い,自身で考え,調べながら正解に近づく努力をしてほしいと,老婆心ながらアドバイスを送ります.

2000

Developmental roles of the steroidogenic acute regulatory protein (StAR) as revealed by StAR knockout mice.

T Hasegawa et al. Molecular Endocrinology 14 (9), 1462-1471.

被引用数:291

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/10976923/

筆頭著者からのコメント(長谷川 奉延)

1999

A molecular pathway revealing a genetic basis for human cardiac and craniofacial defects.

H Yamagishi et al. Science 283 (5405), 1158-1161.

被引用数:345

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/10024240/

筆頭著者からのコメント(山岸 敬幸)

 まさに20世紀の終わりに、発生生物学と臨床遺伝学を融合・応用することにより、それまでの研究手法では解明することができなかった症候群に合併する先天性心疾患に関与する遺伝子の一つを明らかにしたことが評価された研究です。(コメントは、Tbx1 is regulated by tissue-specific forkhead proteins through a common Sonic hedgehog-responsive enhancer. Genes & development 17 (2), 269-281のところで。)

1998

Genetics of human left–right axis malformations.

K Kosaki et al. Seminars in cell & developmental biology 9 (1), 89-99.

被引用数:141

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/9572118/

筆頭著者からのコメント(小﨑 健次郎)

1997

HDR syndrome (hypoparathyroidism, sensorineural deafness, renal dysplasia) associated with del (10)(p13).

T Hasegawa et al. American journal of medical genetics 73 (4), 416-418.

被引用数:111

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/9415468/

筆頭著者からのコメント(長谷川 奉延)

2013

Backdoor pathway for dihydrotestosterone biosynthesis: implications for normal and abnormal human sex development.

M Fukami et al. Developmental Dynamics 242 (4), 320-329.

被引用数:126

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/23073980/

筆頭著者からのコメント(深見 真紀)

1996

Plasma free insulin-like growth factor I concentrations in growth hormone deficiency in children and adolescents.

Y Hasegawa et al. European journal of endocrinology 134 (2), 184-189.

被引用数:62

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/8630517/

筆頭著者からのコメント(長谷川 行洋)

1992年に都立清瀬小児病院(現在の都立小児総合医療センターの前身)の内分泌代謝科医長になってまもなく、三菱油化の研究所の高田 真人 先生との共同研究を始めました。免疫学的測定法の当時の主流は、2つのモノクロ―ナル抗体を用いる測定でした。IGF-Iとその結合タンパクとの結合部位を認識するような抗IGF-I抗体を用いれば遊離型のIGF-Iを測定できる可能性があると留学時代から考えていましたので、高田先生に作成して頂いた多くのモノクロ―ナル抗体から測定系に利用できうるものを探しました。こうした性質を持つ抗体をメンブレン上での結合実験で確認したあと、測定をしている間にIGF-Iと結合タンパクとの平衡関係が変化しない短い反応時間(5分)を設定した測定系を作成しました。そのころの通常の反応時間は2時間あるいはそれ以上でしたので、5分は現実的でないと初めにいわれたことを記憶しています。血液検体を用いて遊離型IGF-Iにきわめて近い濃度の測定が初めてできる測定系と考え、まず、方法論について論文を投稿しました。ほぼ同じ時期にフィンランドのグループから遊離型IGF-Iの測定法の論文がでましたが、いまでも我々の方法はデザインとして理にかなった方法だと考えています。我々が開発に関与したfree IGF-I測定法を用いて、臨床的な検体での仕事を我々のグループから米国内分泌学会誌に2報、欧州内分泌学会誌に1報発表しました。今回の論文は後者の1報であり、小児期GH分泌不全症診断における測定値の有効性に関する研究です。都立清瀬小児病院で同僚であった長谷川 奉延先生(63回相当)をはじめ、臨床検体を丁寧に集め、臨床情報を丁寧にカルテに記載してくださった共著者の先生方にこの場をお借りして御礼申し上げます。質の高い臨床研究では、丁寧な診療およびカルテ記載が必須であることをこの研究からも学びました。

1995

Turner syndrome and female sex chromosome aberrations: deduction of the principal factors involved in the development of clinical features.

T Ogata et al. Human genetics 95, 607-629.

被引用数:343

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/7789944/

筆頭著者からのコメント(緒方 勤)

この論文は、ターナー症候群の全表現型が、 (1)3種類の遺伝子,すなわち短腕擬常染色体領域の成長決定遺伝子SHOX,Y染色体長腕近位部の成長決定遺伝子GCY,X染色体短腕とY染色体短腕に共有されるリンパ管形成遺伝子の量効果 (2)卵母細胞への分化を運命づけられた生殖細胞における減数分裂時の相同染色体対合不全の程度 (3)染色体不均衡による非特異的な広汎的発達障害の程度 という3つの因子により主に決定されることを述べたものです。その後、ターナー骨格兆候がSHOX半量不全と女性ホルモンによる骨成熟効果によること、GCYがSHOX発現量の性差であることをあきらかとしてきましたが、リンパ管形成遺伝子は未だ同定されておらず、non-coding RNAの関与などを含めて、私に残されたいくつかの研究テーマの1つとなっています。なお、この論文は、当時入手可能であった1,000以上の文献を読み、3年以上かけてまとめたもので、懐かしい思い出です。

1994

Clinical utility of insulin-like growth factor binding protein-3 in the evaluation and treatment of short children with suspected growth hormone deficiency.

Y Hasegawa et al. European journal of endocrinology 131 (1), 27-32.

被引用数:75

hhttps://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/7518726/

筆頭著者からのコメント(長谷川 行洋)

1993

Sex chromosome aberrations and stature: deduction of the principal factors involved in the determination of adult height.

T Ogata et al. Human genetics 91, 551-562.

被引用数:116

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/8340109/

筆頭著者からのコメント(緒方 勤)

この論文は、性染色体異常症の成人身長が、(1) 性染色体短腕擬常染色体領域の成長決定遺伝子SHOX、(2) Y染色体に想定される成長決定遺伝子GCY、(3) 染色体のeuchromatic regionあるいはnon-inactivated regionの量的変動に起因する非特異的成長抑制効果、(4) 性ステロイド効果の性差の4つで説明されることを述べたものです。その後、30年以上の年月を経て、2024年に、深見真紀先生のグループと一緒に、GCYとされたものは、女性における不活化X染色体上のSHOXが部分的に不活化され、それにより生じるSHOX発現量の性差であることを明らかとしました。

1992

Short stature in a girl with a terminal Xp deletion distal to DXYS15: localisation of a growth gene (s) in the pseudoautosomal region.

T Ogata et al. Journal of medical genetics 29 (7), 455.

被引用数:85

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/1640423/

筆頭著者からのコメント(緒方 勤)

この論文は、松尾教授とご一緒に慶応の外来でみていた患者さんに関するものです。私が、1989-1992年、Imperial Cancer Research Fund, Dept of Human Molecular Genetics(Bossは性決定遺伝子SRYの発見者であるPeter Goodfellow博士)に留学したとき、この患者さんの解析を行い、論文としてまとめました。その要諦は、成長決定遺伝子をX染色体とY染色体で同一のDNA配列から成る性染色体短腕擬常染色体領域の遠位部に限局したというものです。この成長決定遺伝子は、1997年、ドイツのGudrun Rappold博士のグループと共同で、SHOX と命名し、Nature Geneticsに発表しました。

1991

EEC syndrome (ectrodactyly, ectodermal dysplasia and cleft lip/palate) with a balanced reciprocal translocation between 7q11. 21 and 9p12 (or 7p11. 2 and 9q12) in three generations.

T Hasegawa et al. Clinical genetics 40 (3), 202-206.

被引用数:50

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/1773535/

筆頭著者からのコメント(長谷川 奉延)

1990

Holoprosencephaly associated with diabetes insipidus and syndrome of inappropriate secretion of antidiuretic hormone.

Y Hasegawa et al. The Journal of pediatrics 117 (5), 756-758.

被引用数:25

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/2231210/

筆頭著者からのコメント(長谷川 行洋)

都立小児医療センターの前身である清瀬小児病院で内分泌代謝科、土屋 裕 先生(37回)、長 秀男 先生(49回)のもと勉強を始めてほどなくして経験した症例です。仕事、学問、英語のいずれも未熟であり、さきの直接的な指導医の先生を含め先輩、後輩の先生方の様々な支援により、論文まで辿り着きました。2例の全前脳胞症において、尿崩症とSIADHの双方が繰り返されたことに新規性があると考えJPに投稿しました。投稿後、Letter to the editorで著名な研究者から反応がありましたし、その後、いくつかの論文、書籍で引用されましたので、振り返ると大切な業績の一つとなりました。英文で症例報告する意義をこの論文投稿、掲載により学びました。